歴史
慰安婦と医療の係わりについて
ISBN番号 978-4-87035-524-8
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1,599円(税118円)

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【書 籍 名】慰安婦と医療の係りについて
【著   者】天児 都・麻生徹男
【発行年月日】2014年4月10日
【総ページ数】182
【 判サイズ 】A5判並製

【内容紹介】

地理的条件がよく、権威と権力の二重構造のため明治と昭和の大激変に国が亡びずに乗り切り、誠実と勤勉を尊ぶ人々によって支えられてきた国が、いま内部から崩壊しかけている。私は祖父、父から受け継いだ日本を子や孫にきちんと引き渡して、皆が胸を張って生きてゆけるように私の務めを果たしてゆきたいと思っている。(「あとがき」より)

*目次*
第1章 慰安婦と医療の係りについて
    日本医師会会員・産婦人科医 天児都

第2章 花柳病ノ積極的豫防法
    第十一軍第十四兵站病院陸軍軍醫少尉 麻生徹男

第3章 「慰安婦問題」の問いかけているもの
    天児都

関連年表/あとがき

【著者紹介】
天児都(あまこ・くに)
1935年(昭和10)2月24日生まれ。麻生徹男二女
1959年3月 九州大学医学部卒業(産婦人科専攻)
1960年4月 九州大学大学院入学(1963年7月学位授与される)
1967年7月 医療法人親愛天神クリニック産婦人科勤務
(2001年3月まで)
1983年10月 福岡県婦人問題懇話会委員(1987年10月まで)
1984年7月 九州大学医療技術短期大学非常勤講師(1993年3月まで)
1990年より ㈻福岡女学院理事、福岡市医師会産婦人科医会学術担当理事
㈶福岡YMCA常議員・理事、日本母性保護産婦人科医会福岡県支部代議員、日本産婦人科学会福岡地方部会評議員など
2003年4月 福岡女学院大学非常勤講師(2007年3月まで)

〈著書〉
「産婦人科医のカルテから」石風社刊、1986年(昭和61)
「慰安婦問題の問いかけているもの」石風社刊、2001年(平成13)
歌集『水仙川』不職書院、2004年(平成16)


麻生徹男(あそう・てつお)
1910年(明治43)1月7日生まれ
1935年3月 九州帝国大学医学部卒業(産婦人科専攻)
1937年11月 応召。陸軍衛生部見習士官として14号兵站病院勤務。中国各地(上海−南京−九江−漢口−武昌−上海)を移動
1941年4月 召集解除
1942年1月 独立野戦高射砲第34中隊付。12月ラバウル上陸
1943年   医学博士号授与さる
1946年4月 召集解除。6月麻生産婦人科医院再開
1947年3月 福岡助産婦学校長就任(1952年3月閉校)
福岡YMCA主事代行、福岡女学院理事、
福岡中部教会日曜学校長などを歴任
1989年7月11日 永眠

〈著書〉
『ラバウル日記』私家本、1973年(昭和48)、1986年(昭和61)改定版、1988年
       (昭和63)、1989年(平成元)・石風社刊、1999年(平成11)
「掃苔行−麻生・母里・松田諸家系の資料」私家本、1980年(昭和55)
「戦線女人考など」私家本、1986年(昭和61)
『福岡産婆養成所』石風社刊、1987年(昭和62)
『くすしの道−麻生徹男作業集』石風社刊、1987年(昭和62)
『上海より上海へ』石風社、1993年(平成5)
『麻生徹男・喜久歌集』石風社、1997年(平成9)